ハン・ガン「別れを告げない」
済州島で起こった4月3日の悲劇を私は知らずにいて、それはもちろん私の無知もあるのだけど、長らく政府によって隠蔽されていたからでもあったのだった。ハン・ガンは「なかったこと」にされた歴史を、人々を、その声を、その命を、切実な(実際の)痛みと共に書く。「別れを告げない」とは、「哀悼を終わらせない」という意味だという。哀悼は終わらない。その痛みを丸ごと引き受け、その痛みの記憶を永遠に引き継いでゆく。
「私がいることに気づいて母さんは振り向き、黙って笑いながら私の頬を手のひらで撫でたんだ。続けて、後ろ頭も、肩も、背中も撫でてくれた。重たい、切ない愛が肌を伝って染み込んできたのを覚えてる。骨髄に染み、心臓が縮むような・・・・そのときわかったの。愛がどれほど恐ろしい苦痛かということが。」